風雷社中のヘルパー インタビューシリーズ
風雷社中に所属しているヘルパー歴12年のnakatogoさんにインタビューしました。
青年期かつて引きこもりだったようですが、現在はヘルパーとして活躍中。
自身のライフスタイルや趣味など色々と話してもらいました。
こんな人がヘルパーをやっている、というヘルパーインタビューシリーズです。
昨年のクラウドファンディングでも応援メッセージとしてインタビューをしましたが、今回その続編。かなり趣味話もありすぎる長編インタビュー開始!
▶普段はなにをしているのですか?
nakatogo:ギターを弾いたり、ラーメン食べたり、家を掃除したり、散歩してブラブラしたり。。という感じです。
庭野:プロレスや格闘技も好きですよね。ああ、こういうこと聞き始めたらどんどん派生してしまうのでとりあえず一つ一ついきましょう。
▶オレたちはギターやバンドが好き
庭野:確か最近も弾き語りをやってしましたよね。昔バンド編成でもやっていたと聞きましたが?
nakatogo:若い頃、バンドで食っていこう!と意気込んでいましたが夢破れました。。。
庭野:ううむ、自分も実は一緒ですね。
nakatogo:バンドを辞めた頃、叔父が音楽ボランティアをやっていて、叔父のバンドに参加しました。ボランティアバンドとして障害者施設で演奏していたところ、障害者に関わる仕事をやってみようと思ってヘルパーとして仕事をし始めました。
庭野:当時もですが、どんな音楽を聴いていましたか?
nakatogo:若い頃はラモーンズ、ピストルズ、ランシドなどパンクロック。日本だとブルーハーツ、銀杏BOYZ、スターリン、ラフィンノーズなどですね。
庭野:めちゃくちゃパンク路線ですね。音楽に火がついたキッカケは?
nakatogo:ラジオからブルーハーツが流れてきて「こんな音楽があるのか!」と思ったのがキッカケですね。衝撃を受けました。そういえば当時「人にやさしく」というドラマが放映されていて、ブルーハーツがリバイバルヒットになっていたようです。ドラマ自体は見ていませんが。。。
庭野:あー、懐かしい!極楽とんぼの加藤さん、ソフィアの松岡さん出てましたよね。
nakatogo:なんか出演者も時代感じますよね。

庭野:僕のイメージだとnakatogoさんはソロ活動のイメージがありますが。
nakagoto:以前、風雷社中が運営していた「TransitYard」というシェアハウス兼イベントスペースがあったのですが、そこで「寅屋ライブ」というオープンマイクのイベントがありました。
その時、音楽活動からかなり離れていたのですが、Twitterの福祉関係フォロワーでたまたま知り合いになっていた中村さん(風雷社中理事長)から「(楽曲上がっている)YOUTUBE見たよ、いい曲やっているからライブに来なよ」と声かけてもらいました。
庭野:中村さんもかつてバンドやっていましたね。SNS繋がりで面識はなかったのですよね?
nakatogo:風雷社中が関わっている代々木公園でやっていた「アースデイ東京」でガイドヘルパーキャンペーンがやっていた時、遊びに行きました。中村さんからは「(nakatogoさんは)もっと怖い人だと思っていた」と言われました。
庭野:パンクスってイメージが先行していたのかもしれませんね。。。
2 nakatogo pic.twitter.com/roqInkyVcq
— 無力無善寺 (@muzenji) July 10, 2025
庭野:寅屋ライブ以外でもどこでやっていましたか?
nakatogo:高円寺の無力無善寺、今は閉店してしまいましたが荻窪のBUNGAに出演していました。
庭野:無善寺ってすごいところに出ていますね。。。
nakatogo:ギターを始めたての若い子や、プロでやっているようなすごい人も出ていました。正直下手でもちゃんと皆が聴いてまして、なんだか寅屋ライブに近い印象がありましたね。ただ、高円寺も再開発が進んでおり、どんどんキレイな感じになっていってしまっています。
庭野:寅屋ライブってバリアフリーライブというか、色んな人出ていましたね。
nakatogo:車椅子のピアニスト、昔障害者施設職員だったシンガーソングライター、昭和歌謡好きの知的障害の女の子、風雷社中の中村理事長。。。などなど。後にイベンターとして寅屋ライブを仕切っていたHさんはどんな人でもガットギターで伴奏をしてみんなに歌ってもらっていたり、演奏や歌唱技術を問わず、みんな楽しんでいたイベントでした。
庭野:音楽活動について現在はどうしていますか?
nakatogo:コロナ禍以降、人前でライブする機会は遠ざかってしまったのですが、またやる機会があればぜひ、と思っています。
▶オレたちはラーメンが好き
庭野:ラーメン好きとのことですが「ここだ!」というラーメン屋はどこですか?

nakatogo:大井町「浜虎家」によく通っていました。八潮での支援があったので大井町経由で帰宅する途中でついつい食べてしまいました。最近だと蒲田「大輝家」「麺屋旭」です。朝ラーもやっていまして、通ると朝から満席だったりします。
庭野:家系が好きなんですね!
nakatogo:昔は大盛プラスライス2,3杯食べていましたが、今はラーメンプラスライス1杯程度です。
庭野:いや、この前蒲田の「鷹の目」に一緒に行ったじゃないですか。あそこで大ラーメン普通に食いきれるのすごいですよ。
nakatogo:久々に二郎インスパイア系でしたね。美味しくてついつい食べ切ってしまいました。
庭野:いやいや、そんなスルッと食べ切れる量でないとは思います。。。
▶オレたちはプロレスが好き
庭野:昔のプロレスが好きと聞きましたが、プロレスも何がキッカケで好きになりはじめたか?
nakatogo:小学生の頃、スーパーファミコンで出ていた「ファイヤープロレスリング」が好きで、そこから新日本プロレスを見るようになりました。当時は大仁田劇場、NWOJapanなど土曜の夜は誰でも見ているくらいでしたね。
全日本プロレスも見ていて、ノーフィアー(高山・大森)ベイダーvs三沢の盛り上がり方がすごかったです。ケーブルテレビでもWWF(現WWE)が放映していて、結構プロレスブームでしたね。
庭野:僕もモロ世代ですね。中学校のホワイトボードに「NWO Japan」と書いてました。なにがしたかったのか。。。同じくWWFも見ていました。ザ・ロックがバリバリ現役だった時代だったような。
nakatogo:トリプルH、ハーディー・ボーイズ、ブッカーTとかもいましたね。
庭野:そうそう。ロブ・ヴァン・ダム、ビックボスマンとか。
nakatogo:ビックボスマンってさすがにマイナーすぎじゃないですかw
庭野:徐々に総合格闘技ブームになりましたが、その点はどうでしょうか?
nakatogo:グレイシー一族は好きでした。桜庭vsホイスも実はホイスを応援していましたが、手前の試合での桜庭が勝ち続けて、グレイシーのルールを全て飲んだ上、勝ったというのが凄まじかったです。
*無制限ラウンド、完全決着試合だった

庭野:この前、僕の家でもみんなでONE観戦しましたね。友人も「こんなにUWFやプロレス詳しい人久々に話しましたよ!」と喜んでましたよ。
nakatogo:帰り一緒に帰った時、話題が懐かしすぎてついつい喋りすぎましたね。
庭野:「あの人とまた話したいです!」って言ってました。次回11月のONE日本興行でぜひ集まりましょう。
▶ヘルパーを始めたキッカケは?
庭野:マジでようやくですね。話すぎました。こうしてヘルパーを始めたキッカケは?
nakatogo:TransitYardで上映されていた「げんちゃんの記録」というドキュメントが放映されていました。
*げんちゃん=TransitYardのシェアハウスに自立生活して居住していた重度知的障害の男性
参考:げんちゃん、みんなを変えた 知的障害者が一人暮らしすること
そのドキュメントを見に行ったところ、中村理事長から「きみ、じゃあ今度からやりなよ」と、言われ、なんだかトントン拍子に自立生活ヘルパーになりました。当時や夜勤の隔週のみ担当していました。
庭野:元々障害関係でヘルパーやっていたと思いますが、かなり珍しい支援内容じゃなかったですか?
nakatogo:生活介護施設で勤務経験もありましたが、正直集団支援だと「作業的なケア」になってしまいがちでした。「絶対にここに散歩連れて行かなくてはならない」というノルマのようなこともありました。
その点、個別支援や自立生活支援は人と人の対等な関係で支援ができて「その人」を尊重することができました。何しろ細かく見ることができるので、マンツーマンで十分なケアが行き届くと思います。
▶個別支援を始めて
庭野:個別支援だからこそのエピソードだったりありますか?
nakatogo:自分はヘルパーという立場ですが、一方向でなく相互にコミュニケーションが可能となるので、利用者さん側からもある種支援してもらっているようなこともあるような気がします。
庭野:利用者さんから元気づけてもらったことがあるようですね。
nakatogo:自分が落ち込んでいる時、普段はすぐ寝るはずの利用者さんが心配そうに顔を見てきて、頭を撫でてくれうことがありました。後先に無い経験でした。
庭野:移動支援(ガイドヘルパー)もやっていると思いますが、どんなところに行きますか?
nakatogo:利用者さんと一緒に出かけていると、自分1人だったら行かなかったようなところに一緒に行くことで、新たなことに気づくことがあります。
例えば品川区民公園に行ったのですが、1人だったらビール1缶飲んですぐ帰るくらいなのが、一緒に散歩することで「こんなキレイな公園だったんだぁ」と気づきました。
庭野:一緒に出かけた先で一緒に気持ち良くなれると良いですよね。結構食事、言ってしまえば「飯」の楽しみもあると思いますが。
nakatogo:ガイドでは一緒に昼食を食べることがよくあります。ご本人も街中華が好きなようで、いつも中華屋を目指して外出しています。自分がオススメの新馬場「一品樓」に行きました。ラーメン&炒飯セットをペロッと食べてくれて、オススメした甲斐がありましたね。
庭野:ラーチャンは最強コンビですね。めちゃくちゃカロリー高いかもしれませんが、それも正々堂々たる正義。
nakatogo:通学支援についても印象に残ったことがあります。
自分自身、高校には行っていなかったのですが、利用者さんの通学支援で登校することによって、自分の人生ではできなかったことが一緒に成し遂げられた、ということがありましたね。定時制だったため、4年間付き添いで登校していました。
庭野:インタビューで初めて知りましたが、nakatogoさんにそういった過去があったのですね。
▶現在のヘルパー業務について

庭野:現在はどんな内容のヘルパー業務をしていますか?
nakatogo:風雷社中でフルタイムでヘルパーをしています。
ガイドヘルパーとして朝の通所支援、ホームヘルパーとして居宅介護(入浴支援など)、日中帯は散歩支援。。。などなど。夕方も同様な内容で動いていて盛りだくさんです。また、知的障害のある人の単身独居の自立生活支援のヘルパーとして生活全般を支援しています。
庭野:早く、夜も遅いのですがどうでしょうか?
nakatogo:間の時間で休んだり、家事もできるのでありがたいところです。
庭野:かなり初期から自立生活支援担当していますが、どんな支援ですか?
nakatogo:身体的なケアを個別支援で手厚く対応できるのは当然ですが、気持ちの部分をしっかり見られるかなと思います。同じ空間で2人でいると、異変などについて気づきやすいのが良いところであると思います。
庭野:ですよね。自分は施設やグループホームなどで勤務したことないので想像つかないのですが、例えば「5人」を1人でケアするとしたらどうですか?
nakatogo:正直2人でも業務で手一杯になってしまいます。5人だとしたらこなすしかない、ってなっちゃいますよね。
庭野:ぶっちゃけ自分は個別支援から入ったので集団支援は無理ですね。。、そもそも集団支援が支援なのか?と思っていますが。
▶支援で気をつけていること、重要なこと
庭野:どんなことをこういった対人支援で気を付けていたり、重要なこと?ってありますか?
nakatogo:ヘルパーの自分が決めることではなく、利用者さん本人に決めてもらうことが重要だと思っています。
例えば、歩くルートや買い物など、結構「ヘルパー毎に行動が違う」ということあるじゃないですか。支援内容を統一化するのではなく、それぞれのヘルパーとの関わり方が誰もが違うと思うので、普段と違ったり、急に変わったとしても尊重していきたいと思っています。
庭野:人との関わり方ってそれぞれですからね。正直「やっちまった」的なことはありますか?
nakaogo:機嫌が悪い利用者に「歌えば機嫌良くなってくれる」と思って、歌っていたら本人から「うるせえ、お前」と怒られたことがありました。知らずに歌っていれば機嫌取れる、とこちらが思い込みすぎていたことでしょうか。改めて気づくこともあります。
庭野:失敗と捉えずに、こういうことも1つ1つ関わりの中で知ることが重要だと思います。
▶最後になにか一言お願いします
庭野:「なにか一言」って無茶振りでもありますが。。。締めの一言としてお願いします。
nakatogo:自分は10代の大半を引きこもりで過ごしていまして、そういった境遇でも今の自分があり、ヘルパーとしてやっていけるようになりました。同じような境遇の人たちも、過去のことを気にせずに1人でも多くの人たちがまずヘルパーをやってみてチャレンジみてもらえればと思います。
庭野:ありがとうございます!あ、あと、風雷社中ってどんなところですか?ざっとイメージで良いです。
nakatogo:経験ある自分にもですが、経験がない人に対しても手厚く対応してくれるので、新しく始める人でもやりやすい環境であると思います。いつもありがとうございます!
庭野:ありがたい印象です。不安や心配なく楽しく仕事してもらえれば、と思ってやっています。しかし、「風雷社中」って変な名前じゃないですか?ここだけの話ですが。
nakatogo:「風林火山」みたいでかっこいいと思っていますよ!
聞き手 庭野拓人



