ディグる歓:ミニカー

ご存知の通り風雷社中では知的障害のある人の移動支援=外出サポートをしているのですが毎週ブックオフでミニカー買うニキがいます。
多量のミニカーがフックに引っかかっている謂わば「モブ」的な量産型ミニカーもあるのところ、ショーケースに入っている結構貴重品のミニカーもあり。
そんな中、そのモブミニカーの中から逸品を探し当てて「来週買いたいもの」を教えてくれます。
フックにあるのが廉価品・量産型と言えど、中古品であるため同じものが何品も陳列されているわけでもないのです。
とある日にはその逸品を購入しようとしたところ、どう探しても無い。おそらく他所様に既に購入されてしまった。
当然諦められるわけもなく、必死に2人で探すのですがどう探しても無い。店員に聞きに行っても、モブミニカーは在庫管理していないらしく、特定の何があるかどうかは分からないということ。
本人にとってはモブでもなんでもなく、超必要な逸品なのです。。。
最近は陳列に「無い」ことで、売れてしまったことを理解してきたのですが、それでも後ろ髪を引かれるものである。
今日も次回買いたい品を定めたところ、ふと思いついたことがあり。
「そうだ、”絶対誰も買わない位置”に隠しちまえばいいんスよ」
と、ヘルパーが最下段奥、誰もディグらないような位置に配置。
「これで来週誰にもバレずにオレらしかここにコレがあるのは分からねぇですぜ。。。」
土日なんて子供連れファミリーがいるだろうから、そこをどうにか掻い潜るべく、来週この埋蔵品がしっかり残っているのを祈るのみ。
ふと、この行動を回顧した。
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ディグる歓:ブラフマン
ヘルパーの私がまだ10代、高校生の時、学校帰りに渋谷の「レコファン」(中古CD屋)によく足を運んではディグっていた。
高校生の時、小遣いもわずかで、そのくせ大してバイトすらしていなかったため(帰宅部のくせに)月間で購入できるCDはわずかであり、中古レコ屋でどうにか安く買うしかなかったのである。
そんな中、大好きであったBRAHMANの「A MAN OF THE WORLD」が中古棚に陳列していたのである。
当時めちゃくちゃ売れていたので、こんな品が中古にあるわけもなく、あったとしても新品にほぼ近いような値段。
バイトもしていない帰宅部の高校生は手が出せないような値段である。
そこで何を思ったか
(このCD、来月また来た時に買えるようにジャズコーナーに隠してしまおう)
と、勝手にジャズコーナーの奥底に配置に至る。
「ジャズ聴く人がブラフマンなんて聴くわけねーだろ」
と思ったのだろう。
翌月、渋谷レコファンに舞い戻り、ジャズコーナーに隠した埋蔵品を探したが全く見当たらず。
当然だが、ジャズコーナーにブラフマンが置いてあったら店員が配置戻していたのだろう。ちゃんと仕事しているのです。
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誰のものである?
あの時の高校生の自分は、レコファンを出た後、妙に胸の奥がざらついていた。
悔しさというより、「そうだよな」という納得に近い感覚だった。
店は誰か一人のために存在しているわけではなく、CDも、ミニカーも、そこに“ある間”だけ、誰のものでもない。
欲しいと思った瞬間から、もう勝負は始まっていて、手に取らなかった理由や、先延ばしにした判断も含めて、結果なのだ。
あの時のBRAHMANは結局二度と中古棚では見かけなかった。
それでも世界は終わらず、音楽は別の形で流れ続け、暫くして自分は新品のCDを何の感慨もなく買った。
喜びは確かにあったが、あの時ほど切実ではなかった。
―――
それでも我々はディグり続ける
ブックオフの最下段奥に忍ばせたミニカーを見ながら、その記憶が不意に、はっきりと蘇った。
「来週まで残ってるかなぁ」
来週、そのミニカーが残っているかどうかは分からない。
ここまでして残っていない可能性もある。
子どもが、親にねだったかもしれないし、
大人の金満コレクターが何気なく掘り当てたかもしれない。
それでも、もし無かったら、また2人で探す。
そして「今回は縁がなかったっスね」と言いながら、
次の逸品を一緒に見つけるだけだ。
あの頃の自分が渋谷レコファン学んだことを、今は少し違う立場で、静かに共有している。
欲しいものは、隠して守れることもあるけれど、本当は、“手に入らなかった経験”もまた、ちゃんと自分のものになる。
ブックオフの棚の前で、今日もそんなことを考えながら、次のディグに付き合うのである。
執筆:庭野拓人

